日本キリスト教団 蕃山町教会ホームページ

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カテゴリー「牧師室より」の検索結果は以下のとおりです。

【小学生集まれ!】ボードゲームカフェ(4月18日)みんなであそぼう!出入り自由のイベントだよ!

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春の午後、ボードゲームで楽しくあそびながら新しい発見をしてみませんか?

蕃山町教会では、小学生を対象にした「ボードゲームカフェ」を開催します。
はじめての子も、ゲームが大好きな子も、だれでもきがるに、みんなであそぼう!


「おばけキャッチ」「ラビリンス」など、
ちょっかんで楽しめるものから、ちょっと考えるゲームまでいろいろ用意しています!

その場の人数やねんれいにあわせてゲームをえらぶので、
ひとりでの参加や、はじめてでも安心です。

友だちときょうりょくしたり、わらいあったり、
あそびながらコミュニケーションが生まれる時間を、楽しみしましょう。


✨ 開催概要
  • 日時:2026年4月18日(土)午後2時〜4時
  • 対象:小学生
  • 参加費:100円(ドリンク代)
  • 途中参加・途中退出OK

「少しだけのぞいてみたい」という子も大かんげいです。

放課後のようなリラックスしたムードのなかで、
楽しくあそびながら考える力やきょうりょくする心を育ててみませんか?

みんなの参加を心より待ってまーす!

3/21(土)午後2時〜 小学生集まれ〜! ハマる、キッズボードゲームカフェ

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ボードゲームが大好きな子も、はじめての子大歓迎!

前回もみんなでワイワイ楽しんだボードゲームカフェ、またまた開催します。

 

友だちといっしょに考えたり笑ったり、

あっという間に時間が過ぎる楽しいボードゲームカフェです!


次回は、3月21日(土)午後2時から4時までの開催です。

とちゅうからの参加もOK。
出入り自由なので、気が向いた時間にふらっと来てね。


参加費はドリンク代の100円だけ!

小学生のみんな、気軽にあそびに来て一緒に楽しみましょう!


どんどんハマるよ〜

信仰生活は「死にゲー」?

ゲームのジャンルの一つに「死にゲー」と呼ばれるジャンルがあります。

その名の通り「死にゲー」なのでゲーム中では何度も落命するのですが、繰り返している間にクリアできるようになります。その達成感が面白さの一つです。

「死にゲー」をしていると、傍で見ている妻からも「画面見るたび死んでいるよね」とか「また同じ失敗繰り返しているよね」とか言われますし、自分でも、本当に勝てるのだろうかと不安になります。それでも諦めずに繰り返していると何となくパターンが見えてきて、動画サイトに投稿されるようなノーダメ撃破には遠く及びませんが、最終的にかろうじて勝つことができます。

そんなことを繰り返しながらふと思いついたのは、不適切な表現かもしれませんが「信仰生活、死にゲー論」という言葉。信仰生活も成功ばかりではなくて、むしろ失敗の連続。でも失敗するたびに赦され、生き返って何度も立ち上がる。しかも同じ失敗を繰り返しながらそれでも成長していく。そして死にゲーは繰り返しプレイしなければ決して上達しないように、しかし繰り返しプレイするから勝ち筋が見えてくるように、信仰生活も失敗の連続の中に成長があるのだということを実感します。だから失敗を繰り返さずに信仰生活を放棄するのはもったいないなあ、とか、失敗を放置して赦しに身を委ねないまま信仰生活を放棄するのももったいないなあ、も思います。あらためて、何度も立ち上がらせてくださるイエスさまの赦しに感謝して、赦してくださるイエスさまにこれからも従い続けたいと願うのです。

このように、信仰生活は死にゲーのようなものだと感じるのですが、皆さまはどう思われるでしょうか。

(2025年1月31日)

蕃山町教会アヴァロン部を立ち上げました!

蕃山町教会アヴァロン部を立ち上げました。

これは、コロナからの回復期にあって、教会が元気になるための一つの手段になれば、と願って思いついた集まりです。礼拝に集まった大人たちの楽しみの場があってもいいんじゃないか。遊ぶのは子どもだけの特権ではなく、大人も楽しもう、というコンセプトで始めました。基本的には単純なボードゲーム、カードゲームを中心に礼拝後、遊びながら交わりのときとしたいと考えています。

難しそう、とは思わず、参加してみてください。あるいはみんなが遊んでいるのをそばで見ているだけでも楽しいと思います。試行錯誤しながら、楽しい会にしたいと考えています。

開催の予定は、教会玄関風除室の掲示板に掲示しています。みんなで教会を盛り上げていきましょう。

ちなみに、私のインスタグラムにもボードゲーム紹介を載せています。

 

(2024年7月6日)

ブルース・リーの名言から

過日の説教の中でブルース・リーの名言を紹介しました。説教中では日本語にしましたが原文は以下の通り。 I fear not the man who has practiced 10,000 kicks once, but I fear the man who has practiced one kick 10,000 times. 礼拝後青年たちが、礼拝は一生かけても1万回には届かない、みたいな会話をしていてちょっと嬉しくなりました。計算上で言えば、年間52回の礼拝を100年続けても5,200回で、約半分。1万回は遠いなぁと思わされます。 前任地で講師を招いて修養会を行った際、ある方が講師の先生にこう尋ねました。 「自分は仕事の都合上、月に2回しか礼拝に来ることができないのだが、それでも良いだろうか」と。 先生はこう答えられました。「月2回礼拝に来るというだけでも労苦されていることは分かりますし、その労苦に敬意を払います。しかしあえて言います。2回より3回、3回より4回、そして休まず礼拝に来るほうが恵みと祝福は大きいということだけは忘れないでください」と。 最近、本当に偶然ですがYouTube動画で「もしもヘタクソがキックを100万回練習したら?」という動画がおススメにあがってきたので見てみました。10分足らずの短い動画ですが動画の最初と最後のほうで明らかにシュートの精度が上達しているのが分かります。変わっていないようでも続ければ変わっていくということを痛感させられます。 そんなことから信仰生活もそうありたいと思わされた次第です。 ゲーテはこう語ったそうです。「急がずに、だが休まずに。」

 

(2023年7月30日)

偏光サングラス

夏が近くなりました。 中学生の頃から日差しのまぶしさが苦手でしたが、 偏光サングラスに出会ってから一変しました。 御存知の方も多いと思いますが、まぶしくないのによく見えるのです。 夏になって日差しが強くなり始めると、 この感動を伝えるべく、色々な人に偏光サングラスの良さを話しています。 ある青年には実際に私の偏光サングラスを貸してその良さを実感してもらったところ、 彼は偏光サングラスにはまってくれました。 これから、偏光サングラス仲間を増やしたいと思っています。 偏光サングラスは貸してあげるなどして体験してもらえるので その良さを実感してもらいやすいですが、 伝道は、救いの喜びを貸してあげることができないところが難しさなのだな、と 思わされています。 ともあれ、偏光サングラス、良いですよ。 そしてそれ以上に、救われて生きるのは、もっと良いですよ。 知らないなんて、もったいない。  


(2023年6月11日)

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